講談社ノベルスにおけるライトノベル化現象の検証

 前回のエントリid:noir_k:20080603ではラノベ風カバーリスト一覧を示しましたが、講談社ノベルスをはじめとするノベルズではシリーズものが多いので、それを考慮してまとめてみました。合わせて、年代別の大まかな傾向を示します。本屋に行く度におぼろげに感じていた講談社ノベルスラノベ化が数字で実感できると思います。
ラノベ風カバー数
 まずは前回の結果をグラフで示しました。縦軸はラノベ風カバー出版点数です。1995年以降の1年ごとの出版点数は約60点と大きな変化はありません*1。2002年から大きく数字が跳ね上がっているのが分かるでしょうか。詳細は後述しますが、2002年は西尾維新が『クビキリサイクル』で鮮烈なデビューを果たした年であります。
 それでは年代順に見ていこうと思います。

1999年以前

 1999年以前の表紙カバー傾向は、いわゆるオーソドックスな講談社ノベルスのそれでした。辰巳四郎氏に代表されるタイプのものです。その中でイラストが用いられているのは、赤川次郎のような素朴系イラストと勝目梓のような官能系イラストが主流でした。そのような中で、アニメ、まんが的なイラスト*2を用いているものは、以下のようになります。

 これらは1993年から1995年にかけて出版されたものです。ジャンル的にはファンタジーやSFに相当するものが多いです。彼らの共通点は、その出自として講談社ホワイトハート文庫のようなジュニア向けレーベル、少女小説の作家であったり、まんが原作者であったりします*5。ラインナップ的には往年の富士見ファンタジア文庫みたいいです。必然的にイラストを用いているのでしょう。
 また長期的に活躍しているひとでは、次の2人がいます。

 田中芳樹さんは、ずっとイラストが表紙に使われており、本屋に行くとすぐ目に留まります。なお1996年からの『薬師寺涼子の怪奇事件簿』シリーズは今夏アニメ化されるようです田中芳樹はその後も2000年からは『夏の魔術』シリーズ(ふくやまけいこ)、2003年からの『岳飛伝』(伊藤勢)がありました。

2000年から2001年

 2000年代に入ってくると、メフィスト賞の盛り上がりとともに、異分野からの参入やそれまでイラストでなかった表紙がイラストになるといった現象が見られるようになりました。

 まんが出身の大塚英志ライトノベル出身の上遠野浩平*8、児童文学出身のはやみねかおると多彩な顔ぶれです。特徴的だと感じるのが、西澤保彦『神麻嗣子の超能力事件簿』シリーズです。それまでの4作*9ではイラストのカバーではなかったのですが、本作から水玉蛍之丞によるイラストになりました。また中島望も特徴的で、前作までと違い本作から少年まんが風のイラストになりました。また中島望メフィスト賞受賞者初のイラスト表紙であることも、特筆すべきことでしょう*10
 この時期に特徴的なのが、ブックデザインがそれまでの辰巳四郎、熊谷博人の2大巨頭体制から、新たにVeiaの斉藤昭などが加わるようになりました。岩郷重力、城所潤なども同時期です。斉藤昭含むVeiaはイラストは用いないまでも舞城王太郎の蛇柄表紙や高里椎奈『薬屋探偵妖綺談』シリーズの装丁など一風変わったものを手がけていました。

2002年から2003年

 以前にも記したように、西尾維新がデビューした2002年がターニングポイントだと踏んでいます。また2003年には『ファウスト』が刊行され、講談社ノベルスライトノベル化とでも言うべき現象は加速していくのでした。

 とりあえず、2002年から2003年までのものです。佐藤友哉は本作からイラストの表紙になり、後に前2作*12も同じ笹井一個の手によるイラスト表紙に換装されました。また倉知淳『猫丸先輩』シリーズが本作から創元社から講談社に移ってきて、唐沢なをきによるイラストがつくようになりました。また非シリーズものの単発でもイラストが多く見られるようになりました。なお、2003年末には多くの装丁を手がけていた辰巳四郎氏がお亡くなりになりました。それも手伝って、表紙のライトノベル化とでも言うべき現象はさらに加速していきます。

2004年以降

 以上、2004年から2007年までのものです。一目瞭然ですが、中島望佐藤友哉で起こったような、それまで非イラスト表紙だったものがイラスト表紙になるという現象が顕著です。その多くはメフィスト賞受賞者で、秋月涼介高里椎奈(新シリーズ『フェンネル大陸偽王伝』から)、浦賀和宏(新シリーズから)、関田涙浅暮三文矢野龍王黒田研二とよりどりみどり(?)です。この傾向はとても重要ではないかと感じています。
 つまり彼らの作品の内容には何の変化もないのですが、表紙だけがイラスト化され、扱いもライトノベルの範疇におさまることが増えていきました*13。おそらく現在のライトノベルの一部は内容的には一般向けエンタテイメント小説と遜色ないのでしょうし*14、いわゆる若い世代による純文学*15とも近い位置にあると思います。先日のエントリid:noir_k:20080529で記したように、ざっくりと「ライトノベル=イラストのついた小説」とプラグマティスティックに捉えるならば、この現象はまさしく講談社ノベルスライトノベル化と言えるかもしれません。
 問題はなぜこのような傾向が加速したのか、という点にあります。装丁家*16の面子が変わったからなのでしょうか。それとも編集部の方針なのでしょうか。はたまた作品内容にあわせた表紙を追求した結果、自然とイラスト表紙に落ち着いたのでしょうか。
 これは推測になってしまうのですが、おそらく従来の講談社ノベルスのイメージ*17が古くそして固く感じられ、読者に敬遠されていたのだと思います*18。しかもいわゆる新本格ミステリ陣営、特に綾辻行人、法月倫太郎などは遅筆で、もはやレーベルの色はメフィスト賞受賞者による新しい風になっていました。辰巳四郎氏の逝去にともなう新しいデザイナの登場、また当時小さいブーム*19になりつつあったライトノベルに乗っかる形でイラスト表紙が増えたのではないかと想像できます。
 そしておそらく、最初からイラスト表紙を用いた第1号作家である西尾維新が大成功だったのでしょう*20。それまでのメフィスト賞作家以上に若い読者を招きいれたであろうことは、想像に難くありません。事実、ライトノベルの定義として「いわゆるライトノベルレーベル+戯言シリーズマリア様がみてる」なんてものを目にしたこともあります。そのような読者を手放さないための策だったのかもしれません。
 またこの時期には同人小説であった那須きのこ『空の境界』をノベルス化しており、後の講談社BOXにおける竜騎士07ひぐらしのなく頃に』につながっていきます。それはもう売れに売れたらしいです*21
 以上がここ15年ほどの講談社ノベルスにおける表紙カバーの変遷でした。表紙のイラスト化は西尾維新がトリガーのはず、という自論の正当性がそれなりに検証できたのではないかと思っています*22
註:量が多すぎるので、以前に提示したリストに掲載されているものすべてを今回も示しているわけではありません。ご了承ください。

*1:graph:id:noir_k:全出版数graph:id:noir_k:ラノベ率

*2:前回も書きましたが、自分の独断と偏見で決めました。基本的には記号的なイラスト(ちょっと意味不明な表現ですが……)という観点で決定しました。

*3:名前からも、タイトルからもお分かりかもしれませんが、あのゴダイゴタケカワユキヒデさんです。このシリーズは絶版になっており、復刊希望の活動が行われているらしいです。

*4:本作は特殊な立場で、まんがのノベライズです。

*5:高瀬彼方ホワイトハートに応募してきた同作がレーベルに適切でなかったため、講談社ノベルスからデビューしたとか。

*6:何だか角川書店ともめにもめて、版権引き上げがどうしたこうした言いながら、講談社に移ってきたのです。結局、どうなったのか良く分かりませんが、このあたりの『サイコ』小説版は講談社でも角川書店でも入手可能です。

*7:同名まんがのノベライズです。

*8:ライトノベル出自の作家が表舞台に登場し始めた面白い時期でした。上遠野浩平のような方向を向いたひととしては三雲岳斗などがいます。

*9:1998年『幻惑密室』1999年『実況中死』『念力密室』『夢幻巡礼』

*10:のちのちラノベ風の印象が強い高里椎奈霧舎巧なども、この頃はまだイラストの表紙ではありませんでした。というか霧舎巧はラブコメ風だと読者からは見られていたものの、表紙イメージなんかは島田荘司の後継者と言わんばかりのばりばり新本格風でした。

*11:ご存知、ブランドの女王です。世代によっては『ゴクドーくん漫遊記』『JAJA姫武遊伝』の方が馴染みがあるかも。今の人にとっては、プチ整形を繰り返した挙句、デリヘル譲に挑戦する意味不明すぎて怖いくらいのおばさんという印象かも。

*12:フリッカー式』『エナメルを塗った魂の比重

*13:余談になりますが、最近の若い作家の作品は妙に饒舌なものが多いと思います。これはライトノベル講談社ノベルス系も一緒で、そのような文体的な意味では類似性が高かったのではないでしょうか。ただ、ライトノベルにおける擬音の多さと誤植の多さ(最近、電撃文庫成田良悟バッカーノ!』を読んでいるのですが、ちゃんと校閲してるのか?「以上」と「異常」みたいなレヴェルの誤植が多すぎる。何で?)には多少辟易します。

*14:文学賞ライトノベル作家が受賞するのは、先日の桜庭一樹の例を挙げるまでもないほどです。またライトノベルに専念していたメディアワークス(現アスキー・メディアワークス)が有川浩の作品をハードカバーで出版し続けているのは興味深い現象であり、先日のアスキーとの合併はメディアワークスアスキーを吸収合併した形であることから、メディアワークスの一般路線向けレーベルの誕生、具体的には一般向け文庫レーベルの誕生が期待できると思います。

*15:恥ずかしい呼び名ですが「J文学」的なもの。あんまり文学賞にこだわるつもりはないのですが、三島賞を受賞した舞城王太郎佐藤友哉なんかもジャンルレスな感じで、あえて言えばメフィスト系あるいはファウスト系あるいは太田克史系でしょうね。別の言い方をすれば『新潮』系と言っても良いかもしれません。このあたりは『ファウスト』Vol.4の矢野優との対談が興味深いです。余談ですが、個人的にはVol.4が一番良い出来だと感じています。

*16:講談社ノベルスの場合、ブックデザインと表記されていますが、同じことだと思います。

*17:それは辰巳四郎的な装丁であったり、パイプを加えた犬のキャラクタであったりというイメージ。

*18:いわゆる新本格ファンにとっては、これこそが講談社ノベルスの良さだと思うのですが……。辰巳先生を悪く言うような論調になってしまいそうなのですが、自分は辰巳先生の装丁が大好きでした。

*19:この言い回しを書くたびに思うのですが、なんか矛盾した表現ですよね。小さかったらブームじゃないんじゃない?なんてね。

*20:正確な部数はよく知らないのですが、http://lightnovel.g.hatena.ne.jp/REV/20080427/p1によるとシリーズ9冊で累計150万部以上らしいです。1冊平均17万部というのは、ノベルスとしてはおろか、ライトノベル文庫としても異常です。同じくid:REVさんからですがhttp://lightnovel.g.hatena.ne.jp/REV/20070519/p1からも分かるとおりです。一応、いやらしく印税計算してみたのですが、10%で1億5千万になります。これを西尾維新は3年ちょっとで稼ぎ出したのです。脱帽。

*21:そりゃもう、70万部以上売れてるらしいです。はっきり言って、尋常ではありません。きっと目を付けて出版にまで漕ぎ着けた太田克史の才能もあるのでしょう。なんせ前人未到の全7部作劇場版が製作中なくらいですから。まあ実質はOVAを劇場でもかけて、資金回収の手段にしているだけですけど、それでもそれができるだけのコンテンツパワーには尊敬します。

*22:最後に注釈で余談ですが、講談社はそのメディアミックスへの強みを生かして、どんどん展開しても良かったのではないか、と思うところもあります。ただ同時に、講談社ノベルス新本格の牙城としてのプライドを潰して欲しくはないという気持ちもあります。先日文庫化された西尾維新クビキリサイクル』は、講談社文庫でありながらも独自レーベル「西尾維新文庫」を名乗っていることからも、講談社はそのあたりに自覚的なのだと分かります。今回言及しませんでしたが、清涼院流水とは少し路線を分けているのです。