やっとこさ映画『ひぐらしのなく頃に』

 観てきました、渋谷Q-AXシネマで。向かうときにBunkamura前で松涛方向へサイレンを鳴らしながら走っていく消防車に遭遇し、一気に昨年の記憶が甦りました。約1年前にQ-AXのすぐ近くにあるシエスパが爆発事故を起こし、事故直後の2007年7月1日(日)に本作と同じく及川中監督作品の映画『吉祥天女』を同じQ-AXに観に行ったのを思い出したのです。そのときも同じ日曜日で、しかも映画の日だったので1000円で鑑賞することができました。奇妙な偶然を感じながら、鑑賞に挑んだわけです*1。ていうか、前振り長い?……すみません。
 本作の感想の前に『吉祥天女』を観たときの感想ですが、及川中という人は原作理解力が高く、大胆な取捨選択をすることができ、物語の分解・再構築能力が高い人だと感じました*2。またここ数年で大流行のまんが実写化、特にキャラクタの風貌をそのまま真似るような風潮*3の中で、まんがと実写映画の表現方法の違いに自覚的な監督だとも感じました*4。先に言っておきますと、ここらへんは本作でも存分に発揮されていました。
 というわけで本作『ひぐらしのなく頃に』です*5。まず結論から言いますと、個人的にはなかなか面白い映画だったと思います。しかし、手放しで絶賛するほどでもなく、逆にけちょんけちょんにけなすまでもない、中途半端な印象があるのも事実です。ただ「鬼隠し」「綿流し」をベースに実写映画ならではの『ひぐらしのなく頃に』をしっかりと描いていたと思います。
 個人的には「鬼隠し」「綿流し」の魅力は以下の3点にあると思います。

  • 疑心暗鬼への急転直下。
  • 強烈な謎。
  • 唐突なバッドエンド。

 逆に言えば、これらがしっかりと描けていれば、何の文句もないと考えています*6。今回の映画版は、これらの「セールスポイント」がちょっと弱かったな、と感じました。
 1点目の「疑心暗鬼への急転直下」ですが、実写の持つ圧倒的なリアリティ*7を重視して、前半でそれはもう激甘なラブコメ青春をやって、強烈な落差をつけてそれまで美しかった風景がどす黒く見えるくらいの疑心暗鬼モードに入れればより良かったでしょう。前半はもう退屈で眠いくらいでもちょうど良い*8。劇伴を担当したのはアニメ版と同じ川井憲次ですが、前半のためのポップなBGMなんかもありましたが、完全にシーンに浮いていて残念でした。まるで監督や演出が変わったぐらいの緩急が欲しいものです。そのあたりの緩急のうまさが、原作では特徴的でした。
 2点目の「強烈な謎」は映画というメディアの特性から難しいのかもしれません*9。モノローグや独り言が煽り手段としてあるのかもしれませんが、個人的にはあまり好きではないので、そういうことをしていなくて良かったです。「後ろからついてくる足音」の描写がほとんどなかったのも残念です。ていうか、今回の映画版ではあまり謎を重視していない印象を受けました。
 3点目の「唐突なバッドエンド」に関しては、大変素晴らしいできでした。特に(以下、ちょっとだけネタバレです。反転してください)まさの2段階夢オチかと思わせておいて、がっしと結末を見せるのには魅せられました。(ネタバレここまで)「まさかこんなところで終わるのかよ!金返せ!」みたいな感じが良く出ていたと思います*10
 良かったところとしては、綿流しの演舞をしっかりと見せてくれたところでしょう。『吉祥天女』でも能「羽衣」を実写化しましたが、今回の演舞シーンは同時進行の祭具殿内部のシーン、回想シーンと合わさって、とても良かったと思います。あとはエグいシーンをしっかりと痛く描いたのは良かった点だと思いました*11
 悪かったところは、マルチアングルカメラによる速いカットの切り替えが目立ちました。もっと落ち着いたカット切りで良かったのではなかったのでしょうか、というのは素人なりの個人的意見です。さらに時折挿入される元祖雛見沢こと白川郷の風景と舞台のシンクロ率が低く、あれならむしろ不要なのではないかと思うくらいでした。個人的な考えとして、エンタテイメント作品、特に映画において最重要な点は、いかに観客を醒めさせないかだと思います。同じような理由で、オープニングも不必要だと感じました。悪い曲ではないですし、それなりに魅力ある(ちょっとカットが速過ぎでしたが)映像に仕上がっていたと思いますが、暗転+タイトルが最適です。出鼻でスピード感を挫かれるような感覚を味わいました*12
 以上のような感想です。全体として面白かったと思いますが、どうしても細かいところで微妙にダサイところがあるんだよね。それが及川中の特徴なのかな。それとも昭和58年だからかな。まあ原作ファンには伏線の散りばめ方とかが面白いので、見て損はないと思います*13
 ちなみにエンディングスタッフロールのBGMが主題歌2曲のクロスフェードだったのですが、何だか嫌な記憶を突かれた気がしました。すぐには思い出せなかったのですが、その原因をやっとこさ思い出しました。出崎統劇場版AIR』のエンディングでしたとさ……。あはは。

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*1:ちなみに客の入りに関しては『ひぐらしのなく頃に』の圧勝でした。想像以上に混んでいた……。

*2:特に最近の原作ものは原作ファンに怒られないように慎重すぎるほど慎重に取捨している印象を受けるのですが、及川中のばっさりカットした上で原作にないオリジナルのシーンで見事につないでくるところは凄いと感じます。

*3:例えば大谷健太郎NANA』など。

*4:つまり、まんがのキャラクタをそのまま実写に適応するのではなく、外見、性格なんかが変わっていようが、確固たる固有性を持ったキャラクタであり続けることに成功していると思います。堂本剛金田一一にしか見えないのと、同じようなことです。

*5:ちなみに原作ゲーム、アニメ版経験者です。他のメディア(まんが)などは触れていません。

*6:実写映画版の役割としては、「鑑賞後に原作が読みたくなる」が追加されるのは、メディアミックス戦略の基本でしょう。最近では『チーム・バチスタの栄光』がうまかったですね。

*7:ロケやセットの物質的リアリティや生きている人間の持つ息遣いのようなものです。本当は会話も入れたいところですが、そのリアリティは役者の技能に依存します。

*8:映画『死国』みたいな感じ。あの映画、序盤はただの旅番組みたいなんだよね。のどかな風景ばっかりで。ちなみに栗山千明先生の本格的なデビュー作でもあります。

*9:こういうのは小説のようなテキストメディアが大得意です。だからこそミステリはサスペンス風味にならざるえないのだと理解しています。

*10:だけど、そのまま続編予告が入ってしまうと、単純に「金返せ!(本気)」みたいになってしまう……。映画『バイオハザード』見たときにも皆思ったでしょう。途中までしかできてないなら、金貰って上映すんな!ってね。

*11:おはぎの針のシーンは良かったです。

*12:映画の冒頭10分くらいの「ツカミ」は『不思議の国のアリス』でいう兎に導かれて穴に落ちていくのと同義です。いかにぐいぐい牽引していくのかが、制作者の腕の見せ所だと考えています

*13:でも最近の邦画の伏線の張り方って、ちょっと優等生っぽいていうか、押し付けがましい(どう?すごい?という自慢)感じがするのも事実です。でも原作既読者にしか分からない伏線(「L5」とかの単語や詩音、魅音入れ替わりトリック、羽入の存在など)も入っているので、別の面白さがあると思います。